Archive for 1月 2012

見学会のご案内

いろいろな柑橘類の果物を楽しむ庭があり、

たくさんの友人を招くことができる大きな広間のある住宅ができました。

建築主、施工者のご協力を得て、見学会を行います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は徳島県藍住町です。見学を希望される方は、

下記までご連絡ください。

 

見学日時

1月28日(土)午後2時~5時

1月29日(日)午後2時~5時

新居建築研究所

TEL:088-642-7257

Email:こちら

 

 

裏山を活かす - LEAF HAIR ・ 徳島

かつて建築主の祖父母が住んでいた山裾の地に、地場杉材を使った美容室と住居の併用住宅が完成しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽の動きと風の流れを意識する建築であること。北に小高い山が迫り、西は丘の緑から竹林に、

南に街道が横切り、東は高低差のある集落の景観が拡がる地形と、関係性をつくる建築を目指しました。

そして、山の樹木が魅力的に見えるように配置しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この場所の特性を活かして、美容室を訪れる人には、日常から少し離れて静謐な時間と緑の木立を楽しめる空間を、

住まい手にとっては、日々変化する緑の中で暮らす豊かさをもたらしてくれる住環境をつくろうとしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美容室棟と住宅棟が連なることで、南側は道路際の成長する木立と山の緑に沿って、

人を迎え入れる深い軒下をもつ外部空間と、内側には大きな緑で囲まれる中庭空間を生みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋根とランドスケープ

出雲大社は、その三方を山々が囲み、2つの小さな川が東西を南流するやや開けた谷間に鎮座する。地下水が豊富で、背後に山を仰ぐ水源の地にある。近くには良好な港が存在していたらしい。壮大な屋根が自然環境と関係をつくり、聖域を形成し、大社空間をつくっている。

写真は江戸時代初期の出雲大社の絵図であるが、本殿が背後の北山、八雲山と一体となることが意識されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出雲大社の参道東側に隣接した大社の南北軸と平行に伸びる敷地に古代出雲歴史博物館がある。槇文彦設計による現代建築である。大社背後の北山山系を共有し、古代の山を際立たせるようなランドスケープをつくっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、石見銀山を訪ねた。山に挟まれた街道沿いに鉱山町、集落が形成されていた。道から奥まった小さな谷や集落背後の山裾部に異なる宗派の社寺がいくつもあり、過酷であった銀山の暮らしに対して、どれも安寧のある集落の精神的場所をつくっていた。

写真はその一つだが、屋根と山のランドスケープが引き立てあう場所に寺院空間があった。

建築が自然のどのような豊かさと関係性をもとうとしているのか、その意識を実感する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集落の道から、聖域へとアプローチする階段。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石見銀山・大森地区にある自動販売機。

 

屋根の構想力

昨年秋、出雲大社の檜皮葺き屋根葺き替え工事を特別に許可された見学に参加する機会があった。出雲大社は遷宮中で、本殿のご神体は移され素屋根が架かり、外観を見ることはできない。通常は遠目に眺めることしかできないのだが、工事中だから、すぐそばから体全身で感じ見ることができた。神社建築では日本最大級で、ひのきの香りが漂う堂々たる檜皮葺きでしかも緻密、うっとりするほど美しかった。檜皮の屋根は1枚1枚竹釘で打たれていた。結露をつくらない知恵でもあった。

すべてが長い時間をかけて醸成してきた、自然素材を生かしきる美しい技術を感じた。神域の撮影は禁止されていたので、写真は博物館の模型。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在の本殿は、江戸時代に建てられたものだが、古代の神殿は、これよりもはるかに大きく、想像力を刺激するものだった。

写真は、古代出雲歴史博物館にある復元案の模型である。古代出雲大社本殿を巡る論争があって、いくつかの復元案が比較展示されていた。天へと上る高層建築が実在していたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天上へと上る階段、建築の意味へと突き動かすエネルギー、古代の木造建築の技術と知恵に感嘆する。

建築は大地と天への精神的架け橋を担っていたと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東アジア、そして日本で育まれた屋根の存在と建築的意味を改めて意識させられた。

デンマークの建築家、ヨーン・ウォッツォンが日本の建築の概念を、屋根と基壇で表したスケッチを思い出す。その空間経験がシドニー・オペラハウスの構想の一つのもとになったことを連想した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シドニー・オペラハウス写真:GAドキュメントより

微高地のすまい

「吉野川の歴史とうまいものを探る会」は不定期に、吉野川とその周辺を訪ねて歴史勉強をしながら、その土地の食材を楽しむという会です。それぞれの土地で育まれる食材の豊かさと郷土の風景に、感動するひと時です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十堰近くの吉野川がつくった支流やその痕跡をたどり、川と共にくらした地域の歴史を探るサイクリングに参加しました。吉野川は氾濫を繰り返し、洪水がもたらす肥沃な土地で作物をつくる闘いを通して、大きな自然とうまくつき合う様々な工夫がなされていたことを窺い知ることができます。吉野川の中流域では水害防備林が続き、洪水から肥沃な栄養分を田畑にもたらす竹林が、今なお美しい風景をつくっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真は支流の飯尾川ですが、どの地区に行っても集落は、微高地に住居が建てられ、高低差をうまく活かしながら造られています。人の都合だけで建物をつくるのではなく、自然環境とよく対話をしているのが、見て取れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大洪水を想定して、かなり覚悟した証が美しい住まいとなって、この藍屋敷のように存在しています。洪水が迫る方から高い石垣で屋敷を囲み、船も納屋のオブタという場所に吊っています。予想を超える大洪水になったときは、ノアの箱舟のように藁葺き屋根を船に変える程の想像力をもっていました。藍玉を製造していた藍商人の家であると同時に、非常時は地域共同体の災害避難の核になっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どの国、地域に行っても、美しい都市や村の形成を見ると、その土地の自然がよく読みこまれています。自然からの恵みを感謝しながら、困難を抱えつつも、人が必死になって棲みながら居住地をつくりあげています。その生活の刻印が景観となると同時に、自然と調和した風景がつくられます。

下の写真は、西インドの乾燥地帯、カッチ地方を旅している道中ですが、平原が続く微高地に集落が形成されています。

 

 

「お堰」でもちつき

吉野川と第十堰の環境保全と子供たちの環境教育の拠点として、住民たちの手で築いたみんなの住まい、「お堰」で餅つきが毎年行われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰郷した長男と中学生の次男と共にもちつきに参加し、いろいろな人から子供のときに見た暮らしの伝統を教わる。地域の暮らしの知恵を教わったり、人との出会いやぬくもりがあって、なんとなくうれしい。吉野川の漁師から頂いたすじ青海苔を入れたもちは、香りが漂い格別においしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「お堰」で様々な勉強会や催しが行われる。私たちが参加する「吉野川の歴史とうまいものを探る会」では、野外で歴史勉強した後、吉野川流域の肥沃な土地で採れた地元の食材や吉野川の魚介類を持ち寄り、「お堰」の囲炉裏で頂く。この地域で栽培したサトイモのとろけるうまさとその食感は、忘れがたかった。